設計の真髄

残り冊数は-23冊をうろちょろしとります。現在23冊。ちょうど半分読めてます。ちょうど半分、読めてません。いや前者で行こう。
時間が取れないのもあるが、今年は面白い厚めの本が多くて困る。

技術屋(エンジニア)の心眼

技術屋(エンジニア)の心眼

わりかし古い本なのに全然知らなかった。まあ無学2.0だからな。では紹介を。ronSpaceの記事が興味深くて、過去記事を色々掘り返していて知った。ありがとうございます。読めてよかったです。この本は最高です。
何が最高って、機械や道具の開発をモチーフに、なかなか理解してもらえない「設計とはどういう事か」を何度も何度も手を替え品を替えてみっちり説明しているところが素晴らしい。「心眼」なんてついているってことはまたアレでしょ、「モノづくりにかける『想い』」だの、オレオレ職人気質の自慢大会で、最後は「モノ作りの真髄は『おもてなし』」なんて思い込みだけを言って客観的な中身は無いんでしょ、と思うだろうが、さにあらじゅ。一章の扉に引いてある文句からしてこれだ。本文じゃないよ。導入の文句。

「現代科学の観点からすれば、設計は取るに足りないものだが、工学の観点からは設計が全てである。設計とは、あらかじめ想定された目的を達成するために、各種の手段を意図的に適合させる事であり、まさに、工学の本質である」

引用ついでに実例も貰っちゃおう。上記の例です。上記の「現代科学」は、例えば、熱力学の法則。これは唯一に決まる法則。こういう風に、プログラミングなら数学でもいいんだが、サイエンスは解がこうひとつに決まる(あれ、数学ってサイエンスだっけ。それはともかく)。決まらない場合は「決まらない」と決まる。一方、工学はこれをある目的、例えば「ものをうごかしたい」を実現するために「各種の手段」(ギアやクランチなど)と適合させたもの。例えば、蒸気機関。これは用途や馬力、作った人や併用する「各種の手段」の選び方で解(できあがる蒸気機関)が異なる。だから設計は行きつ戻りつしながら、よりよい解(「各種の手段」もそうだが、「用途」から変わる場合もあるよね)を探す作業が入る。


そういう風に、例も論理的な説明も歴史的背景もたっぷり導入して(すんげえ脚注がある)、設計という作業の意味をひたすら静かに説得していく、その熱意が半端ない。上記の「設計は取るに足りないものだが」という理解のない批判を知っていると、なんだか読んでてちょっと泣けたくらい熱心だ。そして冷静だ。
だってさ、上の引用も、科学の「真理はひとつ」思想を全然否定してないでしょ。「おれら職人だからよ、勉強も大事だろうけどやっぱしこのウデよウデ」と、感情的な主観に逃げない。かっこいいなあ。こういう工学者を待ってたよ。ほんと。真髄はScott Amblerじゃねえ、この人だ(笑)。Ambler好きだけどね。ところで"Object Primer"の邦題が「オブジェクト開発の神髄」なのはいくらなんでも頑張り過ぎだよね。「エクセルの真髄」みたいで恥ずかしい。大体オブジェクト開発ってなんだよ。おれら現場だからよ、勉強できねえからわかんねえよ。説明してくれよ。頭いいんだろ。


それはさておき、実に面白いのが、さっきあげた「心眼」の意味で、これが特にサイエンス的(笑)な考えにはまりにくいから心眼(mind-eye)なんて言葉でぼんやり表現してるようなんだが、どうやら、ソフトウェアで言うならモデリングや図示の事を指しているように読める。前書きから。

「構想している物体の特徴や特質の多くは、言葉では明確に表現することができない。それゆえ、心の中で、視覚的(ビジュアル)で非言語的なプロセスによって処理される事になる。...いくつかの要素を組み合わせて新しい構成を生み出す工学分野の設計者は、まだ存在していない装置を、自分の心の中で組み立てたり操作したりすることが出来るのである。
工学の本質を理解しようとするなら、この、看過されてはいるけれども重要な思考様式を正しく認識しなければならない」

決まりだから描くのでもないし、コードの代わりに書くのでもない。わかるから描くのだ。ところで上記「多くは、..表現することができない」は、たぶん多くの特徴の細部まで全部書き切ることはできないってことでしょうかね。コードの全てをモデルに描き込めって言うな、的な。


オイラは一応ソフトウェアの業界に居るから、そういう風に書こう。これは機械や建築、精密工学の話だけれども、ソフトウェア開発で設計をする人にも大変にお勧め。設計したまえと言われたが学校で習った事がない人、設計トレーニングみたいのを受けたり、よくわかるウーエムエルなんてのを読んでみたけれども全然その内容に得心がゆかない人(結構居るよね)、研究や勉強がメインで実際の工学話には縁がない人、「そもそも設計ってなによ結局」と思ってる人。
前書きと1章だけでもいいから読んでみ。それからソフトウェア設計やUML、パターンなんかの話を見直せば、それがどういうことを意味しているのかがわかるよ。


例の「フォークの刃が4本」と同じ、みすず書房の技術史シリーズ。このシリーズはどれも面白そうでやばい。タバコの技術史とか。拳銃とか。あ、思い出した。このシリーズさあ、2005年に要望を受けて再販したらしいが、絶版早くねえか?「フォーク」も4月で絶版だそうです。
図書館から借りた「心眼」があまりに良いので一気に読み終わり、速攻買いに走ってシリーズ買いまくろうと思ったのに、なかった。この本だけは探して買った。あと「工作機械の歴史」。NCの誕生まで。でもどれも図書館にはある。走れ。