暗黒のアルベキロン

ファンタジー同人誌っぽいですか。でも仕事での話。
隣席の同僚のところに、なにやら詫びというか、言い訳をしにきたITヲタク。まあ細かいことはいいんだけれども、やたらと「アルベキロン」と言っている。東小金井あたりのマンションが事務所の地中海音楽零細レーベルだろうか。社長は嫌味なくらい物腰が柔らかいループタイ。居酒屋のキンキンに冷えたビールは飲まないとかゆうくせに鯨の竜田揚げは「やっぱり日本人はねえ」っつって他人の分まで食う。ファイナルアンサー。

「『あるべき論』ではわかるんですけど、でも現実は難しいっていうか」
「それは大事ですよ、だけどそれは『あるべき論』であって、それを現実にやることはまずないんで」
「そういう『あるべき論』は皆理解してるんです、ボクもね、ただこのプロジェクトは本当に独特で」

なんだ普通か、つまんねえ。俺の邪魔するならもうちょっとネタ持ってこいやこの青山Yシャツ。それにしても必死である。とにかくアルベキであるべきだが、とにかく鯨を食わない以上は仕様書など書くことはなく、スケジュールを守るくらいなら地中海ワインだ。メルシャン青山と命名する。発言といい全く日本でよろしい。
メル青が帰ってから同僚に聞いてみた。彼の言う「アルベキロン」とは何なのか。「わかりません」。まさか、なにをするにも計画書をまず出せだの、仕様書を書いてからじゃないと作らないだのという、いわゆる「あるべき論」をあんな状態の人間に言ってないよなあ。「もちろん。グチャグチャなプロジェクトなんだから、そもそも『こうあるべき』という事すら言ってませんよ」。だよねー。じゃあ、あのメルが語ってた「あるべき」ってのは何だったんだろう。

「さあ、なんか本でも読んだんじゃないですか、そういうの」
「本読んで『あるべき姿』を理解してたら、こんな状況で言い訳しねえだろがよ。『それを現実にやることはまずない』だの、じぶんギョーカイわかってますよヅラで吹いてたし」
「ああ」
「それにしても、引かないぞってマジ顔で、ひたすら言い訳してたぞ、お前を含めて誰も責めるどころか聞いてもいないことを」
「そーですねー」
「なんでアイツ、そんなにアツくなってたのかねえ」

....

「あ、おまえさ、その自分の仕事の分は、それはそれでちゃんとやってるの?」
「ええ、まあ、その彼が遅れているせいで引っ張られてる部分はありますけど、その影響が一応最小限になるように」

ひらめいた。

「わかった」
「え、なにが理由ですか」
「あれだ、あの漫画の、」

俺はまだ本気出してないだけ 1 (IKKI COMICS)

俺はまだ本気出してないだけ 1 (IKKI COMICS)

「はあ?」
「だから、おまえメルと年近いだろ、でヤツは現場でグダグダだけど自分だけちゃんとやってて」
「はあ、まあ」
「だーかーらー、『おまえはー、ちゃんとー、いまー、できてるけどー、おれは実はー、おまえがちゃんとやる理由ー、おぶじぇくとしこうとかー、アジャイルとかー、TDDとかー、元ネタ全部知っててー、わかってるけどー、おれの現場はー、そうはいかないっていうかー』」
「いやボクだって現場の案件やったことありますよ」
「いっぱいあるよね、だからちゃんとできるんだけど、でもヤツはそれを知らないじゃん。『だからー、別にー、おれはー、おまえにー、負けてるとかじゃなくてー、本当はー、できててー、でもー、まだ本気出してないからー』」
「うっわ、痛ってえ(笑)」
「これだな」

情念の昭和世代が容赦なくデスマーチ人間の暗部を開いた瞬間、それまで黙って横で聞いてた平成スタイルの若い子がすかさず

「うわー、おれも『まだ本気出してねえ』って昔おかあさんに言ったことがあるー」

本気でトドメ刺しつつ自分だけが良い子になってネタ総獲り。
負けた。発想はいいんだがまだまだツメが甘いなあ。要精進。